2021年06月10日

知ってください!古湯の淀姫神社!!

古湯の淀姫神社
所在地:佐賀市富士町大字古湯961

知ってください!古湯の淀姫神社!!
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●神社
祭神 豊玉媛命 海津見神 大山祇命 高皇産霊神 国常立尊 盤長姫命 応神天皇 国狭槌尊 武内宿禰 源義経 猿田彦命 菅原道真 湯気神(祐清法師と第12世清仲律師併せて祀る)

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当神社は、小城藩主鍋島月堂の厚い崇敬によって承応2年(1653)創立。明治6年村社となる。祭神大山祇命外十柱の神は無格社合祀によって追加された。昭和63年、神社340年祭執行した。
 古湯には諏訪神社と淀姫神社承応2年(1653)創建の2社が同じ社に祭られているが、もと嘉瀬川の側にあった淀姫神社が疫病流行のとき、神域が汚されるということで諏訪神社に合祀されることになった(明治10年頃)。諏訪神社は月野・山崎・天河の産土神と言われ、古湯の産土神は定かではないが、松森神社ではなかろうかとも言われている。
出典:富士町史下p.392・p.726

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●九郎堂
古湯の淀姫神社境内に九郎堂がある。九郎堂は古湯の天河(字姥ケ谷)に建立してあったが、明治9年(1876)の神社合祀にさいし現在地に移転したものである。
 延元元年(1336)、後醍醐天皇を擁した肥後(熊本県)の菊池武敏、阿蘇大宮司惟直とその弟九郎惟成らは、筑前多々良浜(福岡市東区)に足利尊氏の軍勢を迎えうったが、戦い利あらず、敗れて、小城の千葉氏の領内へと逃れた。しかし寝返った千葉氏によって惟直は、白坂峠(小城、富士町の町境峠)にて戦死をした。九郎惟成も重傷を負ったが家臣の原隼人に背負われ、命からがら古湯に逃げ隠れた。惟成の傷は古湯温泉の湯で回復し、この地に九郎堂を建立して永住したと伝えられる。原隼人の子孫と伝えられる古湯地区の原姓の人達により九郎神社の碑の前で九郎さん祭りが行われていた。
 阿蘇九郎惟成の落人伝説は富士町のほかに七山村、浜玉町、厳木町など天山北麓に伝説として残っている。
出典:富士町史下p.628

ここは阿蘇氏と縁の深い神社のようです だから諏訪神社と合わせてあるのかもしれません。

知ってください!古湯の淀姫神社!!
手水舎です。

知ってください!古湯の淀姫神社!!
佐賀の名木・古木、登録番号:13586
樹種:スギ、樹齢:推定300年(昭和51年度登録時)

知ってください!古湯の淀姫神社!!
佐賀の名木・古木、登録番号:13094
樹種:イチョウ、樹齢:推定150年(昭和51年度登録時)

知ってください!古湯の淀姫神社!!
神社の側は、貝野川が流れています。

●地図

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Posted by 21世紀県民の森  at 13:53 │Comments(0)富士町情報

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